仏法のあじわい 「お勤めについて思うこと」 2025年11月

 今年7月、2泊3日で本山のお磨き奉仕団に参加した。今回は東京真宗同朋の会として会員8名、事務局1名の合計9名での参加。ほぼ全員顔見知り、和気あいあいとした雰囲気のなかスタートした。奉仕団では、夕事勤行後の「感話」、または朝夕の勤行(正信偈同朋奉讚)の「調声(ちょうしょう)*」を行う人を各班から選出することになっている(*調声:勤行で、最初に声を出してお勤めの音の高さや調子を示すこと。事務局註)。我が班の最初のオリエンテーリングでもその説明があり、今回は感話1名、調声1名を選ぶ必要があるとのこと。ほどなくFさんが「感話はMさんどう?いろいろと環境が変わったことだし。」と提案なさった。Mさんは快く承諾していらした。続けて「調声は藤原さんどう?」と私をご指名。当然断れる状況ではなく、私も了承した。

 とはいえ、正信偈はまだしも念仏和讃は少々苦手である。念仏の節、リズムをまだ習得できていない。しかも和讃は「南無阿弥陀仏をとなうれば」とのこと。それ、唱えたことないかも…。そして一番の苦手、「おりん」である。力の入れ具合とタイミングが難しい。奉仕団の日程の合間をみて、事務局参加のYさんからご指導いただいた。これで何とかいけるかも…。

 そして出番がやってきた。同朋会館の司会の方とも顔見知りのため、お勤め前に「和讃は○○ですからね」と言われ、はっとした。うっかり忘れており練習していない!あぁぁ、もうぶっつけ本番で臨むしかない。

ご本尊前に出仕する藤原さん

 そして本番。やはり「おりん」。バチがかすった。勤行を終えて壇上から降りる所作も全く気にせず、ショートカットしてしまった。和讃は司会の方の声援に助けられた気がする。実は、参加前から今回の奉仕団で調声をやってみたいと密かに思っていた。日曜礼拝や聞法会においてこれまで何度も正信偈を唱えており、多少の自信もあったつもりだった。それなのに…。またもや己の傲慢さを知らされた出来事であった。

 今年も真宗会館において東真同主催の「声明研修会」が行われる。日程は11月16日と12月14日、いずれも日曜日13時30分から。東真同の報恩講(12月21日)に向け、しっかりと練習したい。そして、個人参加する予定の12月の本山のお(すす)(はら)い奉仕団では、また調声をやらせてもらえたら…と懲りずに(密かに)願う私であった。

南無阿弥陀仏 釋尼淑縁 藤原淑子