7月1日から3日間、僧侶1人を含む同朋の会9人の皆さんと共に真宗本廟おみがき奉仕団に参加いたしました。朝夕の勤行が日程に組まれ、中日の午前、阿弥陀堂と御影堂の渡り廊下周辺で、他の団体の皆さんと一緒にわらでお道具をみがきました。猛暑の中でしたが、幸運なことにその時間だけは日が陰り、拙いながらも無事おみがきに勤しむことができました。

最終日晨朝、御影堂で帰敬式に臨みました。珍しいことだそうですが、その日受式したのは私一人でした。法名釋定現を賜り、誓いの辞を述べました。今後は、仏弟子として、日々のお勤めを生活の基本としてまいります。誠にありがたいことです。
中学生の頃、歎異抄を読みました。もちろんほとんど意味は分からなかったのですが、「善人なおもって往生をとぐ、いわんや悪人をや」(真宗聖典初版p627、二版p768)というフレーズには、瞠目したのを覚えています。その後、遠藤周作の幾つかの著作を読み、「救済」とは何か、どうすれば「救済」されるのか、その歳からずっと考えてきました。いつも座談会では申し上げていますが、聞法に来られていない皆さんに私たちがどう伝えることができるのかは、とても大切なことと思います。自利利他の精神は、親鸞聖人の教えの中でも最も重要なものと考えます。
自分自身の信心もままならない中で、他人のことを考えてどうするというお叱りもあるかもしれません。しかし、仏の教えは、衆生と共に生きることにあると私は信じています。そのために何ができるのか、真剣に考えたいと思います。

浄土真宗は、世間で言うところの現世利益を説かない正直な宗教です。教は、阿弥陀仏の大誓願です。行は、称名念仏だけの分かりやすいものです。阿弥陀様やお浄土に僅かばかりでも接することがかなえば証を得たいという煩悩がありますが、凡夫人にはなかなかできることではありません。諸先輩から自力では駄目だと諭されます。清澤満之が「絶対無限」について記していますが、有限な人智では到底理解できないとしています。正に前途遼遠です。
後は、一刻も早く不退転の信が得られるよう、日々精進してまいります。 南無阿弥陀仏
礒崎陽輔 [法名 釋定現]