昨年8月に真宗会館に着任し、東京真宗同朋の会を担当してから早くも1年が経ちました。初めて経験することが多くありましたが、皆さんとお会いし、報恩講や真宗本
廟奉仕団、聞法会に参加する中で、1年前では想像もしなかった貴重な経験をしていると改めて実感しております。
先日、祖父の一周忌で京都に帰省いたしました。お勤めが終わり、ご法話の中で、生前の祖父の話になりました。祖父は警察官として定年まで勤務していました。非常に
厳しく、生真面目な性格で、幼い頃に家に泊まりにいったときに幾度となく叱られた記憶がありましたが、定年後はたまに顔を出しに行くと、必ず出前を取ってくれて、良く来たなと喜んでくれていました。そんな記憶をふと自分でも思い出すことがありますが、法事の場のおかげで、そのことを家族と親戚で共有することができました。
亡くなった人とはもう会うことはできませんが、出会い直すことはできるのだと思います。そのことが仏事を勤める大切な意味なのだと思います。祖父は生前確かに生きていて、その願いは私に届けられている。単純ですが、その事をもう一度確かめていく場であるのだと思います。普段の私は、何かできないことがあると自分の能力のせいにしたり、都合の悪いことがあるたびに他人やその時の状況のせいにしたりして生きていますが、今の自分を受け入れて、精一杯生きてほしい。という願いがあるということを感じ、そのことが祖父という故人が残したものなのだと思いました。
今携わっている東京真宗同朋の会の業務を通して、同朋の会に関わる皆さんとともにこれからも聞法に励みながら、業務に当たりたいという気持ちを新たにする機会をいただきました。
東京真宗同朋の会事務局 福田 剛心